快適無職ライフ

はたらきたくない

絶望的に接客業に向いていない

「すべての人が天才である。けれども、木登りの能力で魚を判定したら、魚は、自分が愚かだと信じて、一生を過ごすことになるだろう」(アルベルト・アインシュタイン)

先日記事にした本の中で引用されていた言葉です。

 

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天才かどうかは置いておくとして、この言葉で思い出したことがあったので今日はそのお話をしようと思います。

 

 

私は絶望的に接客業に絶望的に向いていません。

 

学生のアルバイトといえばだいたい飲食店などの接客業ですよね。私もいくつかの接客業を経験しました。

今思い返しても死にたくなるようなミスをしたり、いつまで経っても仕事を覚えられなかったり、そのせいで引け目を感じてしまい(元々コミュ障なせいもありますが)まったくバイト仲間や社員さんと馴染めなかったりして、自分のことを仕事ができない無能な人間だと思っていました。

出勤前に泣くほど嫌で耐えられずに電車に乗って遠くに行ってそのままバックレて辞めてたこともあります。

 

大人になってからは職業の選択肢が増え、デスクワークを始めました。

すると、今までの無能だった自分とは違ってだいたいの仕事は同僚より効率よくできたり、上司や先輩からも「仕事を覚えることや作業のスピードが早い」と言われるようになりました。

 

接客業に関しては無能だけど、別の分野なら自分にもできることがあると分かったことで少し生きやすくなったし救われました。

 

他の職種を経験して改めて、本当に接客業は向いてなかったと思います。

まあそもそも労働をすることが向いていないんですけど。

 

会社が潰れたりクビになったり自分から辞めたりしない限りは、何十年も先まで人生のほとんどの時間の予定が労働で埋まっていて、毎日出勤して会社の人と顔を合わせて仕事をこなさないといけないなんて本当に絶望しかないです。

これはアルバイトを始めた時代からずーっと思っていて考えるたびに鬱になっていました。 

でも、そういうものだしみんなそうしているから自分も我慢してそうするしかないんだと思ってなんとか耐えていました。 

みんな少なからず労働は嫌だと感じているとは思いますが、このことに耐えられるタイプの人間とどうしても耐えられないタイプの人間がいるはず。

耐えられるなら労働をすればいい。私は耐えられない人間でした。

 

少ない労働・収入・支出でも楽しく暮らしている人、セミリタイア生活をしている人がいると知ったことで固定観念が崩れて、やりたくないことはやらなくても生きていけることに気が付きました。

 

労働者生活には戻りたくないので、これからは職業「無職」として快適に楽しく生き抜く方法を必死になって考えながら生きようと思っています。

  

仕事もロクに続かない
自分の意見も言えない
こんな俺に生きる意味を与えてくれて
ありがとう俺のRap Game