快適無職ライフ

はたらきたくない

線香花火をしたアラサー独身無職の日記

家のトイレに貼ってある7月のカレンダーに、「線香花火の姿が移り変わっていく様子が牡丹・松葉・柳・散り菊に例えられる」といったことが書かれていました。

 

それを読んでから線香花火がしたくなり、さっそく実行。

無職になってから発揮されたフットワークの軽さです。

さすがに一人で黙々と線香花火を眺めていると家族に心配されそうなので、妹を誘って二人でやりました。

 

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松葉の初期段階

 

子供の頃は意識したことなかったけどそう言われてみると確かに4段階で変化してる。

火が付いてから消えるまでの短い時間の中に、ちゃんと起承転結がある。

 

あとから知ったのですが、寺田寅彦の随筆に線香花火について書かれたものがありました。

 

www.aozora.gr.jp

 

荘重なラルゴで始まったのが、アンダンテ、アレグロを経て、プレスティシモになったと思うと、急激なデクレスセンドで、哀れにさびしいフィナーレに移って行く(『備忘録』「線香花火」より)

 

植物だけでなく音楽にも例えられている。

 

この『備忘録』の中には「線香花火」のほかにも「夏」「涼味」「向日葵」と夏を題材にしている随筆がありました。

まだクーラーもない時代の夏の日常が覗けるようで楽しい。

 

萩原朔太郎の随筆が好きで仕事中に青空文庫を開いて結構読んでいましたが、寺田寅彦はまだ未読のものが多いのでこれをきっかけに他にもいろいろ読もうと思います。

 

およそこの人生に一文も金がかからず、無条件に理屈なしに楽しいものがあるとすれば、おそらくこの時の雨の音などがその一つでなければならない。これは夏のきらいな人にとってもたぶん同じであろうと思う。
冬を享楽するのには健康な金持ちでなければできない、それに文化的の設備が入用である。これに反して夏は貧血症の貧乏人の楽園であり自然の子の天地である。(『備忘録』「夏」より)

 

夏といえば、今月の『サライ』の特集が「江戸の夏養生」でした。

これこそ江戸の日常という感じで、浮世絵もたくさん載っていて読み応えがありました。

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