快適無職ライフ

はたらきたくない

【読書】『愛するということ』が無職的名著でした

今回読んだのは、ネットサーフィンをしているときに偶然見つけた本。

 

なぜか直感的に自分は今この本を読むべきだ!と思ったのですぐにKindle本を購入して読み始めました。

 

エーリッヒ・フロム『愛するということ』

 

 

概要 「愛すること」と「資本主義社会の問題」

この本を一行で紹介するとしたら、

「愛は能動的な活動であり、受動的な感情ではない。愛することは技術で習練が必要」という内容の本。

 

ですが、実際に読んでみて私が気になった部分は本筋の「愛すること」とは少し逸れているかもしれません。

様々な箇所で大多数の人間が思考停止して資本家の望む労働力を提供する機械のような人間になっている状態について書かれている。

 

まさにこれまでその大多数の人間の中の一人で、今現在は無職になり少しずつ自分の頭で思考しようと思い始めている自分にとってかなりハッとするような内容が多かった。

 

「愛すること」と「資本主義社会の問題」はどう関係があるの?という複雑な答えを私の力では簡潔にまとめることができないので、それに関しては「本を読めばわかります」としか言えず申し訳ないですが、私の心に刺さった言葉をいくつかピックアップして引用してみたいと思います。

 

資本主義の成れの果て

資本主義の奴隷になり、思考することを放棄しているとこうなるよ! というか、すでになっているよ!という恐ろしい事実を突きつけられるような言葉たち。

 

現代社会は、企業の経営陣と職業的政治家によって運営されており、人びとは大衆操作によって操られている。人びとの目的は、もっと多く生産し、もっと多く消費することだ。それが生きる目的になっている。(第四章「愛の習練」より)

 

このように型にはまった活動の網にとらわれた人間は、以下のことを忘れてしまう――自分が人間であること、唯一無二の個人であること、たった一度だけ生きるチャンスを与えられたこと、希望もあれば失望もあり、悲しみや恐れ、愛への憧れや、無と孤立の恐怖もあること。(第二章「愛の理論」より)

 

現代人は商品と化し、自分の生命力を費やすことを、まるで投資のように感じている。(第三章「愛と西洋社会におけるその崩壊」より)

 

心当たりがありまくり。おっしゃる通りです、と言いたくなります。 

早めに労働社会から脱却する勇気を持ってよかった、としみじみ思いますね。

なぜ一回きりの人生をやりたくもないことに時間を費やして過ごさないといけないのか。なぜそれが当たり前の世界になっているのか。

「大衆操作によって操られている」としか言いようがありません。

 

「愛の習練」に必要なこと

第四章「愛の習練」では、愛の技術の習練のために必要な前提条件として「規律」「集中」「忍耐」そして「技術の習得に最大限の関心を抱くこと」の4つが挙げられています。

 

毎日決められた時間に労働している現代人にとって「規律」なんて既に身についているんじゃないの?という疑問に対しては、このように論じられている。

 

毎日八時間、自分のではない目標のために、自分の意志ではなく仕事の進行に応じたやり方で、エネルギーを費やすことを強いられているために、彼は反逆する。自分を甘やかすという子どもっぽい形をとる。

  

また、なんでも速さを求める現代人にとって「忍耐」は体得するのが難しい。

 

現代人は、なんでもすばやくやらないと、何かをー時間をー無駄にしているような気分になる。ところが、そうやって稼いだ時間で何をしたらよいかはわからず、ただ暇をつぶすことしかできない。

 

この部分なんて60年以上前に出版された本だということが信じられないぐらい現代に通じる内容です。

まだネットもスマホもない時代ですらそうだったんだから、更にいろんなことが機械化された今なんてむしろどんどんこの問題が加速してるよなあ。

 

おわりに

人生で本当に大切なことを思い出させてくれるような名言がたっぷりの名著でした。

60年前から今までずっと読み続けられていることも納得。

名言が多すぎて、このブログの中で全て紹介しきれなかったことが残念なほど。

 

最後に一つだけ「第二章 愛の理論」の中から引用。

 

ひたすら貯めこみ、何かひとつでも失うことを恐れている人は、どんなにたくさんの物を所有していようと、心理学的にいえば、貧しい人である。気前よく与えることのできる人が、豊かな人なのだ。

 

与えるものとはなにも「お金」「物質」だけではなく、「知識」「愛情」「感情」など何にでも言い換えられます。

ひとりじめするのではなく、与えるべき時には気前よく与えられる人になりたいです。